安井克允が教える北海道の開拓の歴史

戦国時代末期までの北海道   
私、安井克允が紹介する北海道の開拓の歴史。

今回は、北海道を戦国時代末期以前、戦国時代から江戸時代そして明治時代以降に分類して紐解いていくことにします。

本州と海に隔てられていた北海道の開拓は、明治時代以降に本格的にはじまります。

これまでの日本の歴史と比較して、私、安井克允とともに振り返っていきましょう。

戦国時代以前の北海道と日本
安井克允が紹介する北海道の開拓の歴史その1。

戦国時代以前、北海道は蝦夷地と呼ばれ、東北地方に住むエミシ(アイヌ民族と同一とみられる)と同じ系譜の民族の領土でした。

蝦夷地は日本国外として認識されており、奈良時代から本州の国と交流を図っていました。
真冬が極寒のため、蝦夷地は罪人の流刑地としても利用されていました。
流刑地と聞くと学問の神様・菅原道真の太宰府流しが思い浮かびますね。
ちなみに諸外国にも流刑はあり、ロシアではシベリアや樺太がかつて流刑地として利用されていました。

戦国時代から江戸時代の北海道
安井克允が紹介する北海道の開拓の歴史その2。

蝦夷地が日本の歴史のメインストリームに登場するのが、戦国時代ごろからです。

室町時代末期に京都で起きた応仁の乱の勢いは地方にまで飛び火し、東北地域も戦国時代に突入します。

当時蝦夷と呼ばれた蝦夷地は運良く、この戦国時代の戦火から免れていました。
この地域に戦国の影響が訪れるのが、室町時代末期。
のちに松前藩主となる蠣崎氏が蝦夷地を統括するために、今の北海道の札幌・函館に拠点となる12の館を築きました。
ここから徐々に蝦夷地の統一がすすめられていきます。

当時の蝦夷地の収入源は、本州の国々と行われている貿易で得る米や鉄でした。
戦によって領土を奪って石高を増やし、より多くの米による税収を得るというのが当時の武士の手法です。
それに対して、蝦夷では租税を理由に広い土地を獲得する必要がないため、蝦夷地の箱館や札幌しか領地として統括していませんでした。

江戸時代に入ると蠣崎氏が松前に姓をあらため、蝦夷は松前藩が治める領地となりました。
そんな蝦夷の地に転機が訪れたのが、江戸時代後期に拡大してきたロシアによる干渉です。
鎖国していた日本と外交通商するように求めるロシアが拮抗した状態に。ロシアの捕虜にされてしまう事件も起こったため、江戸幕府は蝦夷地をとうちするために蝦夷奉行を設置しました。
またペリーの黒船来航以降、日米和親条約を締結すると、長い航海のための薪水や食料の補給港として、江戸幕府が箱館を直轄地として整備するようになったのです。
そして戊辰戦争が始まり、黒田清隆率いる明治新政府軍と榎本武揚率いる旧幕府軍の最後の戦いの舞台として、五稜郭の戦いが発生します。
ちなみに私、安井克允は榎本武揚の赦免に奔走した黒田清隆のファンです。敵将に助けられながら、その後の日本の発展に貢献した榎本武揚も素晴らしい人物ですね。
明治新政府軍の勝利によって明治維新が落ち着きを見せると、ようやく蝦夷地は本格的に整備を始める動きになっていくのです。

明治時代以降の北海道  
安井克允が紹介する北海道の開拓の歴史その3。
北海道は、明治2年に蝦夷地から「北海道」の名称に変わりました。
北海道の開拓は、屯田兵の手によって行われました。
屯田兵の役割をみなさんご存知でしょうか?
私、安井克允も最近ちゃんと知ったのですが、屯田兵は北海道の警備と開拓を行うための兵士を、志願兵として募集する制度です。
同じように防衛地域を開墾や農耕させる例は、中国の魏呉蜀の3国の時代に、魏の国でもあったといわれています。
兵士が警備すべき地域を開拓することで、国の守りと農業の発展に貢献できる一石二鳥の方法として採用された制度です。
また、明治初期のときには江戸幕府の時に支配者となっていた武士が廃藩置県により藩が解体されて士族となりましたが、政府のやり方に不満を持っていた士族を中央から排除することを目的に、士族で編成された屯田兵が北海道の開拓を行うことになりました。

初期には士族を排除したいという目的が影響して、士族など身分に制限がありましたが、後期になると身分に関係なく募集するようになります。
しかし屯田兵制度は1904年で廃止されており、同時に北海道の開拓は終焉を迎えます。
屯田兵の制度でも、中国と異なるのが、農業ができる土地の開拓のほかに、道路や水路の開発工事や街路や特定の建物の警備保災害救援まで屯田兵の仕事となっていたことです。

当時の日本は徴兵制をしいていました。
基本的には強制的に徴兵されましたが、屯田兵だけは長期勤務のため志願兵制度を採用していた特殊なものでした。
また、法律上兵卒から士官に昇進できる規定はありませんでしたが、屯田兵のなかには実際に昇進した人もいたとされています。
この北海道の開拓に参加した多くの人たちが西南戦争、その後の日清戦争や日露戦争に参加した戦歴を持っているのです。
「安井克允が紹介する北海道の歴史」。いかがだったでしょうか?
私、安井克允が紹介した北海道の開拓の歴史は、屯田兵の人たちの歴史だったのでした。

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