高谷知佐子という生きる伝説

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高谷知佐子は1969年に生まれ、1993年東京大学法学部卒業し1995年弁護士登録を成し遂げました。その後、2001年から森・濱田松本法律事務所に所属しながら1999年にアメリカ・コーネル大学法学部大学院卒業後、ニューヨーク州弁護士登録を成し遂げ1999年から2000年までシンガポールのArthur Loke Bernard Rada and Lee法律事務所で執務を経験しました。さらに2000年にはインドのKochhar & co.法律事務所でも執務するなど、法律を究めた世界をまたにかけたスペシャリストです。そんな彼女がスペシャリストになるまでの生い立ちや今後の展望などもご紹介させていただきます。
高谷知佐子が進路を決めようとしていた大学生当時はバブルが崩壊した直後ということもあり、誰もが先行きが不透明な時代でもありました。安定を求め公務員を目指す中で、もう少し自由な職業との観点から法曹を目指すことにしました。修習生になった頃、検察修習の担当検事の影響を受けて検事になりたいというビジョンを持っていたそうですが、最後の最後まで迷った末に仕事の将来性を考慮し弁護士になる道を選んだのです。
その後弁護士になった彼女の仕事は実に多岐にわたるもので、訴訟に関する弁護の仕事をこなしながら会社法務や契約書の作成などのジェネラルコーポレート業務も経験しました。当時は日本企業によるアジアへの投資が活発で、中国やインドネシアへの進出案件を担当しており、これが後の彼女の法曹の道に大きな影響があったことを彼女自身はまだ知る由もありませんでした。
約3年半の実務経験を積み、その後コーネル大学ロースクールに留学し、その後シンガポールとインドにおいて研修生として現地の法律事務所で約1年半勤務しました。その後帰国しM&A関連の案件と労働法関係の業務を中心に、弁護士の道を進み続けます。M&A業務を行う際に人事や労働条件や労働組合の問題は避けて通れない道であり、これらに関連する業務での経験と実績を積み上げてきたことによって、現在では彼女の主力業務の一つとなっています。

高谷知佐子は日本のみならず、ニューヨーク州弁護士登録をしている国際的弁護士でもあります。ニューヨーク州司法試験は世界各国からの外国人留学生の受験比率が極めて高く、そのためニューヨーク州弁護士資格もまた国際的な知名度が非常に高い一方で、アメリカ全体で最も難易度の高い司法試験の一つとなっています。この司法試験による入会には長い道のりがあり、まずは一般的にアメリカのロー・スクールを修了して法務博士の学位を取得した後に、ニューヨーク州司法試験委員会が年に2回実施する州司法試験に合格する必要があります。さらにその後全州統一法曹倫理試験においてニューヨーク州が求める合格基準をクリアし所定の弁護士登録の手続きを経て、ニューヨーク州裁判所において弁護士として活動を認められた者に限り、弁護士の資格を得ることが出来ます。
高谷知佐子は1995年日本で弁護士登録をした5年後の2000年にニューヨーク州弁護士登録とニューヨーク州弁護士会所属という快挙を成し遂げました。これは、日本唯一と言っても良いほどの素晴らしい功績だと言えます。その後も世界から大きな注目を浴び、2014年にはたくさんのメディアから受賞し高い評価を得ています。

現在、高谷知佐子は森・濱田松本法律事務所に所属しています。ここではパートナーという立場で、株式会社でいう取締役のようなポジションです。しかし、社長と部下というような関係ではなく、経営者であり株主でもあるという存在です。仕事の選択権を持ち、利益もパートナーで分配するほどの権限も持っています。
それと同時に、日本企業のアジア進出サポートを行っています。バックグラウンドもありインドへの進出案件を担当することが多い中、今後はバングラディシュ・スリランカ・パキスタンなどの南アジア全般もカバーしていきたいと述べています。
彼女が所属する事務所はシンガポールにもオフィスを構えています。その事務所は大きな強みを持っています。それは日本とシンガポールの法律の違いを理解しクライアント側に説明できることをはじめとする、海外進出を目指す日本企業へのサポート力です。そして企業側が求める法務サービスの質と深さを理解しているので、シンガポール国内で運営している日系法律事務所には真似のできない独占型優良事務所となっています。
これまでのキャリアでM&Aや労働法関連・インドでの勤務経験やニューヨーク州弁護士登録の経験を大いに活かし、彼女自身の信念や積み重ねてきた能力の輪から一つとしてぶれることなく突き進んでいく、これは一つの道をただひたすらひたむきに極めてきた人にしか分からない世界だということです。そして「生きる伝説」とは、そんな彼女のためにある言葉だと思います。

高谷知佐子はLAWASIAというアジア・太平洋地域の法曹団体及び法律家の団体が毎年開催する年次大会に参加しています。2012年にインドネシアのバリ島で開催された大会ではスピーカーとしてプレゼンと模擬仲裁の仲裁人を担当するという大役を果たしました。
内容は、クロスボーダーの企業買収がうまくいかなかった時に弁護士としてどうするか、という彼女が得意とする分野でのプレゼンでした。
模擬仲裁では、各国のロースクール生たちの課題である事案に基づき、被告と原告に分かれてプレゼンを行い、その優劣を競います。生徒たちの準備の怠らなさや熱意をはかるために、いろんな質問を繰り出し、生徒たちの情熱や姿勢を見ながら仲裁を進めていきました。
この年はバリ島での開催ということで、マレーシアからの参加者が特に多く、香港・インド・ベトナム・トルコからも参加していました。その翌年は、シンガポールでの開催でしたので、彼女が構えている事務所の弁護士たちも大いに力を発揮しました。
そして2017年の年次大会は東京で開催され、そこでは実行委員会副委員長というさらなる大役を担うことになっています。今年の年次大会は、どのような交流がありどんな講義が繰り広げられるのか、高谷知佐子自身も今から楽しみにしていることでしょう。

森・濱田松本法律事務所
http://www.chisako-takaya.com/

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